19世紀後半、世界的な銀の増産などにより銀価格が暴落し、銀本位制だったインド経済は混乱しました。この状況下で金貨の導入が検討され、その一環として5ルピーや10ルピー金貨は、金本位制導入への試金石として、また市場の反応を見るために構想されたと考えられています。しかし、金と銀の交換比率を固定することは困難であり、政府は金貨を法定通貨として無制限に受け入れる決断を先送りしたため、実際の通貨としては流通しませんでした。その結果、日常の決済にはほとんど使われず、主に富裕層の贈答用、儀式用、あるいは貯蓄用として保管されることとなりました。1879年銘の5ルピー金貨についても、当時の記録では流通目的の大量生産が行われた形跡はありません。そのため、1879年当時に作られた「オリジナル」は極めて稀であり、現存するほぼ全てが後年の「再鋳造(Restrike)」となっています。肖像のデザインは、彫刻家レナード・チャールズ・ワイオン(Leonard Charles Wyon)によるものです。しかし、インドの各造幣局(カルカッタとボンベイ)で複製、修正する過程で、微妙な違いが生じました。本品は「ラージバスト」と分類されるヴィクトリア女帝の胸像が大きく描かれ、フィールド(余白)を広く埋めているのが特徴です。女帝はインペリアル・クラウン(帝国王冠)を戴き、精緻な刺繍が施されたローブを纏っています。このデザインは、ボンベイ造幣局製であることの識別点となっています。裏面のデザインは、当時の英領インド金貨に共通する様式です。外周には「花輪(Wreath)」が配されており、そのデザインはインドの国花である蓮(ロータス)やバラ、アザミ、シャムロック(英国連合王国の象徴)を組み合わせたものです。