本金貨発行の背景には、紀元64年にネロ帝が行ったローマ史上初の恒久的な通貨改革があります。それまで約7.8~8.0gで安定していたアウレウス金貨の基準は、この改革により1枚あたり約7.28gへと引き下げられました。約10%の軽量化が行われた主な要因は、紀元64年のローマの大火にありました。被害を受けた首都の復興と、ネロ帝の新宮殿「ドムス・アウレア」建設という多額の資金需要に応えるため、貨幣を軽量化することで貨幣発行益の増大を図ったのです。復興事業や軍への支払いのために造幣所を稼働させて鋳造されたこの金貨は、市場へ浸透し復興政策を支える役割を果たしました。表面に刻まれたネロの肖像は、円熟期特有の写実的なスタイルで描かれています。特徴的な太い首や顎は、当時の価値観において富や繁栄、そして生命力の象徴でした。また、段状に整えられた髪型は彼が愛好した芸術家としての側面を、月桂冠はアポロン神への傾倒を表しています。従来のローマ的な質実剛健さから離れたこの表現は、自身をヘレニズム世界の絶対君主として位置づけようとしたネロの政治的意図を示唆しています。裏面の守護者ユピテルという図像は、紀元65年に発覚したピソの陰謀と呼ばれる暗殺未遂事件と深く関連しています。側近や元老院議員が関与したこの事件を経て、ネロは自身の生存を至高神ユピテルの加護によるものとするプロパガンダを展開しました。玉座のユピテルが持つ雷霆(稲妻の武器)と王笏(権力と正義の象徴である装飾的な杖)は、反逆者を撃つ力と正当な支配権を象徴し、敵対勢力への牽制としての役割を果たしました。私たちが知る「暴君ネロ」のイメージは、政敵であった元老院階級によって作られた政治的な虚像である可能性が、近年の研究で指摘されています。タキトゥスら当時の歴史家は既得権益層に属しており、民衆寄りの改革を進めるネロを敵視して記録を歪めたのです。実際、ポンペイの遺跡にはネロを称える落書きが残されており、彼が庶民から支持されていた証拠となっています。本金貨に見られる「通貨改革」も、資産家である元老院には資産の目減りでしたが、経済を活性化させたい庶民にとっては有益な政策でした。また、「ローマの大火を眺めて歌っていた」という逸話も後世の創作とされ、実際には陣頭指揮を執り、その後の都市計画は極めて合理的な復興事業として再評価されています。