ファルーク王(ファルーク1世)は、稀代のコインコレクターとして知られるエジプト最後の国王です。
幼い頃から国王になることが定められた特権的な生活をしており、父の死により若くして即位しました。
ファルーク1世の肖像が描かれた500ピアストル金貨は、わずか発行枚数1,000枚の大変希少な金貨です。
この記事では、エジプト稀代のコインコレクターであるファルーク王の歴史と500ピアストル金貨の魅力と価値を紹介します。
この記事のポイント
・ファルーク王の500ピアストル金貨と関連の深いコインの種類と魅力を解説
エジプトで発行されたファルーク王の500ピアストル金貨とは

| 概要 | 内容 |
| 発行国 | エジプト |
| 発行年 | 1938年 |
| 額面 | 500ピアストル |
| デザイナー | パーシー・メットカルフ(Percy Metcalfe) |
| 表面 | 左向きのファルーク1世の肖像 |
| 刻印(表面) | فاروق الاول ملك مصر |
| 翻訳(表面) | 初代国王ファルーク |
| 裏面 | 額面、国名、日付をアラビア語で刻印 |
| 刻印(裏面) | خمسة جنيهات المملكة المصرية ١٣٥٧ – ١٩٣٨ |
| 翻訳(裏面) | エジプト 5ポンド 王国 1938 – 1357 |
| 直径 | 37mm |
| 重量 | 42.5g |
| 発行枚数 | 1,000 枚 |
| 品位 | 875/1000金 |
| グレード | NGC PF64 |
| 状態 | Proof FDC |
1938年に発行されたファルーク1世の金貨は、ロイヤルウェディング(御成婚)を記念して作られた特別なコインです。
ファルーク王とファリダ妃の結婚を祝うために作られた記念金貨であり、民衆に対して王室の威厳を示し、評判を高める目的で発行されたといわれています。
ファルーク王は世界中から希少性の高いコインを集めており、エジプト稀代のコインコレクターです。
1954年、ファルーク王が亡命するとエジプト政府はコインのコレクションをオークションにかけました。
オークションの売却益で財政再建に大きく貢献したといわれるほど、ファルーク王のコレクションは価値のあるものでした。
発行枚数はわずか1,000枚であり、コインコレクターであるファルーク王が描かれた500ピアストル金貨も希少価値の高いコインです。
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エジプト最後の国王ファルーク1世の歴史
エジプト最後の国王であるファルーク1世の歴史を以下の流れで詳しく紹介します。
- 厳しく制限された幼少期と急激な王位継承
- ファリダ妃との結婚と離別
- 次第に広がる問題と晩年の堕落
- 王政の廃止と亡命
それぞれ詳しく見ていきましょう。
厳しく制限された幼少期と急激な王位継承

幼少時代のファルーク1世
ファルーク1世(本名:ファールーク・ビン・フアード)は、1920年2月11日にカイロのアブディーン宮殿で誕生しました。
父はフアード1世、母はナズリ王妃です。
ムハンマド・アリー朝(モハメド・アリー朝)の第10代君主として、王室の中でも特に厳しく管理された環境で育ちました。
父王は彼の生活を徹底的に監視し、母に会う時間も1日1時間だけに制限しました。
宮殿外の友人も持てず、ピラミッドすら即位前には訪れたことがありませんでした。
教育はカイロとイギリス、特に英国の王立陸軍士官学校(ウールウィッチ)で受けました。
幼少期から「王としての自覚」を持たせる教育で、特権的な存在として育てられたことがわかります。
しかし、1936年、父王フアード1世が亡くなると、16歳の若さで王位を継承します。
イギリスにいた彼は急いで帰国し、1936年4月28日には正式に即位しました。
1937年に公式な戴冠式が行われ、国民に向けてラジオ演説で即位の言葉を発したのは、エジプト君主として初めての試みでした。
ファルーク王は若くして希望を国民に抱かせる存在でした。
しかし、厳しく制限された幼少期と早過ぎた王位継承は、彼の成長と政治姿勢に影響を及ぼしていきます。
ファリダ妃との結婚と離別

ファリダ妃の肖像
即位後のファルーク王は、父から引き継いだ政争である人気政党ワフド党と対立を続けていました。
行政の任命や冠の形式などに関して強く衝突し、政治的緊張を生み出しました。
1938年、ファリダ妃(サフィナズ・ハニム・ズルフィカー)と結婚して国民的な人気を集めるロイヤルカップルとなりました。
ファリダ妃との結婚を記念して発行された金貨が上記で紹介した500ピアストル金貨です。
王妃は公務や慈善活動にも積極的であり、自身の役割を果たしていました。
しかし、男児が生まれなかったことを理由にファルーク王と関係が悪化したため、1948年に離婚へ至ります。
1951年に一般人のナリマン・サデクと再婚し、翌年には待望の男児である息子のフアード2世が誕生しました。
次第に広がる問題と晩年の堕落

1946年のファルーク1世
ファルーク王の統治には深刻な問題が積み重なっていました。
1948年の第一次中東戦争(パレスチナ戦争)では、エジプト軍は敗北。
王とその側近に対する不満が広がる結果となり、軍や国民の支持を失う一因になりました。
また、王自身の享楽的な生活も批判の対象でした。
数々の愛人を侍らせた私生活、コインを含む趣味の収集により、贅沢をきわめた悪印象から国民の不満の的に。
ファルーク王のコイン収集は、当時の国民からは歓迎されるものではありませんでした。
政治の停滞などが重なり、次第に政府全体の信頼が失われました。
失業や経済的困窮も広がり、国民にとって王室は贅沢と無関心の象徴でした。
若くして権力を持ったファルーク王ですが、自らの行動により、反君主主義の気運を強めていきました。
王政の廃止と亡命

ファルーク1世がエジプトから亡命する様子
1952年7月23日、元将軍ナギーブやナセルらによる自由将校団がクーデターを起こし、ファルーク王は退位を余儀なくされました。
王位は生後数カ月の息子フアード2世に継承されましたが、すぐに自由将校団が実権を握りました。
1953年には王政は公式に廃止され、エジプトは共和国となりました。
ファルーク王は王室ヨットエル=マフルサによって国外へ脱出し、最終的にはイタリアへ亡命。
カプリやモナコに滞在した後、ローマで暮らすことになりました。
イタリアで暮らすファルーク王は夜の王と呼ばれ、最期まで贅沢の限りを尽くしました。
1965年3月18日、ローマのレストランで豪華な牡蠣とラム料理の最中に急死しており、享年45でした。
死因は心臓発作とされていますが、諸説あります。
ファルーク王がエジプトから亡命する際に放棄した所有物にはコインのコレクションがありました。
エジプト政府は財政難を解消すべく、ファルーク王の8,600枚のコインコレクションを”THE PALACE COLLECTION OF EGYPT”(エジプト宮殿コレクション)としてカイロの宮殿でオークションを開催。
オークションには世界各国の業者やコレクターが参加し、9日間開催され大盛況でした。
オークションによって得た収入でエジプト政府の財政を立て直したと言われています。
ファルーク王に関連する500ピアストル金貨の種類
ファルーク王の500ピアストル金貨には関連する2種類の金貨が存在します。
- エジプト フアード1世 500ピアストル金貨 1922年(右向き肖像)
- エジプト フアード1世 500ピアストル金貨 1922年(左向き肖像)
それぞれ詳しく紹介します。
エジプト フアード1世 500ピアストル金貨 1922年(右向き肖像)


| 概要 | 内容 |
| 発行国 | エジプト |
| 発行年 | 1922年 |
| 額面 | 500ピアストル |
| 直径 | 37mm |
| 重量 | 42.5g |
| 発行枚数 | 1,800枚 |
| 品位 | 875/1000金 |
| 状態 | Proof AU/UNC |
| グレード | PF62CAM |
ファルーク王の父王であるフアード1世の金貨は、発行枚数はわずか1,800枚とファルーク王の金貨に次いで貴重なエジプトのコインです。
フアード1世の金貨はコインの肖像の向きによって価値が異なり、こちらの右向き肖像が正式なものとされています。
発行枚数は1,800枚であり、フアード1世の金貨と比較する800枚多いですが、希少価値の高い金貨です。
このコインはエジプト国内で発行されたものではなく、息子ファルークの金貨同様にロイヤルミントで発行されています。
フアード1世とファルーク王はどちらもイギリスに関係が深いエジプト国王です。
イギリス国王の肖像は、左向き→右向き→左向きと代がわりするごとに変化します。
フアード1世が右向き、ファルーク王が左向き、これが正式な肖像の向きです。
エジプト フアード1世 500ピアストル金貨 1922年(左向き肖像)

| 概要 | 内容 |
| 発行国 | エジプト |
| 発行年 | 1922年 |
| 額面 | 500ピアストル |
| 直径 | 37mm |
| 重量 | 42.5g |
| 発行枚数 | 不明 |
| 品位 | 875/1000金 |
| 状態 | Proof FDC |
| グレード | NGC PF65 |
フアード1世の500ピアストル金貨は、右向き肖像のほかに左向き肖像のタイプがあります。
右向きが正式な向きであるため、正確な枚数は不明ですが、左向きの肖像は発行枚数が少なく希少性が高いです。
グレーディングではPF65以上の金貨を見かけることが少なくなります。
本来であればフアード1世のコインはファルーク王とは反対の方向を向きますが、左向き肖像のタイプではファルーク王と同じ向きです。
エジプトのアンティークコインはこちらの記事で紹介しています。
エジプトのアンティークコイン特集 おすすめの金貨・銀貨を紹介
ファルーク王の500ピアストル金貨の価値

ファルーク王の500ピアストル金貨は発行枚数がわずか1,000枚であることから、1万ドルに近い価値を付けられてオークションで落札されたことがあります。
グレーディングでPF65以上のコインはさらに希少であるため、高値で取引されやすいでしょう。
父王フアード1世の500ピアストル金貨も同様の水準の価値を持ちますが、左向き肖像であればファルーク王の金貨以上の価値を持ちます。
同様にグレーディングでPF65以上を目安に高値で取引される傾向にあります。
状態によってオークションの落札価格・買取価格は変化しますが、紹介したエジプトの500ピアストル金貨はロイヤルミントが発行する秀逸なデザインと希少性から一定の価値を有しています。
保有しているのであれば、高値での買取が可能であり、将来的な価値の向上も期待できるでしょう。
ファルーク王の500ピアストル金貨に関するよくある質問

ファルーク王の500ピアストル金貨に関するよくある質問をまとめました。
- ファルーク王の500ピアストル金貨を購入できる場所は?
- ファルーク王の500ピアストル金貨はどこで売却できる?
それぞれ詳しく解説します。
ファルーク王の500ピアストル金貨を購入できる場所は?
ファルーク王の500ピアストル金貨は、アンティークコインの専門店で購入可能です。
当サイト「コインライブラリー・プリンシパル」でも複数回の取扱経験があり、今後も入荷する可能性があります。
インターネットのオークションサイトでも購入可能ですが、相場に沿った価格で安心してコインを購入したい場合は専門店を利用することがおすすめです。
ファルーク王の500ピアストル金貨はどこで売却できる?
ファルーク王の500ピアストル金貨は当サイトで買取を受け付けています。
エジプトの金貨に限らず、世界中のさまざまな希少性の高い金貨の売却が可能です。
詳しくはこちらのページからお問い合わせお願いします。
まとめ
ファルーク王の500ピアストル金貨は、発行枚数わずか1,000枚という極めて希少な記念金貨であり、ロイヤルウェディングを象徴する歴史的価値と、美しいデザインによる芸術的価値をあわせ持っています。
エジプト最後の国王として知られるファルーク王は、生涯にわたり世界中から希少なコインを収集した稀代のコレクターでもあり、その情熱と時代背景がこの金貨にも色濃く反映されています。
ロイヤルミントによる精緻な仕上げや高品位の金の輝きは、80年以上経った現在でもその存在感を失っていません。
父フアード1世の500ピアストル金貨と並び、エジプト近代史とコイン史を語る上で欠かせない一枚であり、コレクションとしても資産としても高い魅力を誇ります。
希少性や保存状態によっては今後さらなる価値上昇も期待できるため、長期的な視点での保有にも適した一品といえるでしょう。
アンティークコインの購入方法はこちらの記事で紹介しています。