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公開日 2022.2.18更新日 2022.3.1

エリザ・ボナパルトのおすすめ記念コインは? 第一帝政の没落まで解説

エリザ・ボナパルト(ルッカ・ピオンビーノ女公:在位1805-1814、トスカーナ大公:在位:1809-1814)はナポレオン・ボナパルトの妹です。

コルシカの軍人フェリーチェ・バチョッキと結婚し、ナポレオン1世が失脚するまで統治者として法律の整備や公共施設の建造を推し進めました。

この記事ではエリザ・ボナパルトのおすすめ記念コインを紹介し、その生い立ちと歴史についても解説します。

エリザ・ボナパルト(トスカーナ大公)の生い立ちと歴史

エリザ・ボナパルト

父親 シャルル・マリ・ボナパルト
母親 マリア・レティツィア・ボナパルト
配偶者 フェリーチェ・バチョッキ
王朝 ボナパルト朝
子供 フェリックス=ナポレオン
ナポレオン
エリザ・ナポレオーヌ
ジェローム=シャルル
フレデリック=ナポレオン

エリザ・ボナパルトは、フランス帝国の皇女、イタリアのトスカーナ大公国の君主であり、ナポレオン・ボナパルトの妹です。

それでは、エリザ・ボナパルトの歴史を3つの章に分けて解説します。

  • フェリーチェ・バチョッキとの結婚
  • ルッカ・ピオンビーノ公国の女公、トスカーナ大公に即位
  • ナポレオン1世の失脚後

フェリーチェ・バチョッキとの結婚

フェリーチェ・バチョッキ

フェリーチェ・バチョッキ 画像引用:https://shannonselin.com/2021/01/elisa-bonaparte-baciocchi-napoleons-sister/

1777年コルシカ島で、シャルル・ボナパルトとマリア・レティツィアの間に長女として生まれます。

エリザという名前は愛称であり、生まれたときの名前はマリア=アンナ・ボナパルトでした。

ナポレオンはエリザが2歳のときにフランスに移住したため、幼少時の接点は皆無だったといわれています

1784年に当時の女子教育における最高の教育機関であったサン=シール学院に入学するも、フランス革命の影響でナポレオン・ボナパルトにコルシカ島に連れ戻されて中退しました。

1797年に、コルシカの軍人であったフェリーチェ・バチョッキと結婚します。

ルッカ・ピオンビーノ公国の女公、トスカーナ大公に即位

1804年に兄ナポレオン・ボナパルトがナポレオン1世に即位すると、妹のエリザ・ボナパルトにもさまざまな役職が与えられます。

ナポレオン1世の即位と共にフランス帝国の皇女の称号を与えられますが、それだけではありません。

1805年に、ルッカとピオンビーノ公国の女公となり、1809年にトスカーナ大公国の復活に合わせてトスカーナ大公となりました。

統治者となったエリザは憲法を作成することで法律を整備し、学校や病院の設立にも尽力したといわれています

ナポレオン一世について詳しく知りたい方はこちらの記事も参照してください。

ナポレオン1世の金貨・記念コイン・銀貨を紹介! 即位から帝政の終焉

ナポレオン1世の失脚後

1814年にナポレオン1世が失脚すると、ローマに亡命して統治者の座を退きます。

1815年、エルバ島を抜け出しナポレオン1世が復権したときは、夫のバチョッキと共に逮捕され、ブリュン要塞に投獄されました。

ナポレオン1世がセントヘレナに亡命した後に解放されますが、1820年に重篤な感染症にかかり43歳で亡くなります。

エリサの遺体はサンペトローニオ大聖堂で埋葬され、バチョッキは1841年に亡くなっています。

エリザには5人の子供がいますが、幼少の頃に死亡した子供が多く事故などで亡くなっているため、20世紀を迎えた子孫はいません

ナポレオンの家系で生き残っているのは、現在では末弟ジェロームの子供の子孫となっています。

エリザ・ボナパルトのおすすめ記念コイン

エリザ・ボナパルトは、兄弟のリュシアンと同様に美術や文学を愛し、教養のある人物といわれることが多いです。

反対に鋭い口調から傲慢な印象を感じやすく、女性としての魅力に欠けるという意見も当時は多かったようです。

統治者としての才能もあり、最もナポレオン1世に近い才覚を持った兄妹といわれることもあります。

生い立ちや歴史では触れられなかったエリザ・ボナパルトの性格や人柄について解説したところで、コインを紹介します。

エリザ・ボナパルト&フェリーチェ・バチョッキ 5フランキ銀貨 1805年

発行国 イタリア
発行年 1805年
額面 5フランキ
グレード
直径 38mm
重量 24.84g
品位 不明
発行枚数 不明
状態

エリザ・ボナパルトがルッカ・ピオンビーノ公国の女公であったときに発行された5フランキ銀貨です。

1805年に発行されたこちらのコインはエリザ・ボナパルトとフェリーチェ・バチョッキの2人が右向きに並んだ肖像が描かれています。

通常の場合、夫妻が並ぶコインは手前に男性のバチョッキが位置することが多いですが、こちらの銀貨ではエリザが手前に配置されている珍しいコインです。

こちらの銀貨は1805年~1808年まで発行枚数は推定不可能ですが大量に発行されており、発行年によって肖像の向きなどが異なります。

特に1808年に発行されたこちらの銀貨は希少価値が高く、状態のよさだけでなく発行年によっても価値が異なってくるコインです。

エリザ・ボナパルトのアンティークコインでよくある質問

それでは、エリザ・ボナパルトのアンティークコインでよくある質問をまとめました。

  • エリザ・ボナパルトのレアな銀貨をどこで買うべき?
  • 希少性の高いエリザ・ボナパルトの記念コインの買取を依頼するなら?

それぞれ詳しく解説します。

エリザ・ボナパルトのレアな銀貨をどこで買うべき?

エリザ・ボナパルトとフェリーチェ・バチョッキの銀貨は、発行年によって肖像画異なることからナポレオン一族のアンティークコインの中でも有名な収集テーマの一つとなっています。

しかし、発行枚数が多く状態によっても価格は異なるため、アンティークコインの相場に詳しくなければ、個人がオークションサイトの中でその価値を見きわめるのは困難といえるでしょう。

アンティークコイン初心者でも適正な価格でコインを購入するなら、古物商許可証を取得した信頼できる業者を通して購入することをおすすめします。

希少性の高いエリザ・ボナパルトの記念コインの買取を依頼するなら?

一方で、エリザ・ボナパルトの銀貨の買取を依頼したい場合も、相場に沿った価格で買取を行なう業者に依頼したいところです。

当サイト「コインライブラリー・プリンシパル」では、コインの購入・鑑定・買取までできるので、アンティークコインの収集から売却まですべてを完結させることが可能です。

コインの出品も受け付けているので、詳しくはこちらのページをご確認ください。

まとめ

エリザ・ボナパルトは、ナポレオン1世の失脚により統治者の座を失うことになりましたが、他の兄妹よりも在位期間が長く統治者としての適性は非常に高かったといわれています。

発行されている銀貨はナポレオン一族のアンティークコインの中でも収集テーマとしては知名度も高いため、アンティークコイン初心者の方でも取っつきやすいといえるでしょう。

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この記事の著者

アンティークコイン ジャーナル編集部

英国王室シリーズから古代コインまで、幅広い年代のコインの紹介だけではなく、試鋳貨、造幣局による違い、彫刻家、リストライク、などアンティークコインの魅力や楽しめる知識をフラットに情報提供している。編集長は、英国王室コインと、動物コインシリーズが好き。

アンティークコイン ジャーナル編集部

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