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公開日 2022.5.13更新日 2022.5.16

ジェームズ2世のおすすめ金貨・銀貨! 名誉革命についても解説

ジェームズ2世(在位:1685-1688)は、ピューリタン革命により処刑されたチャールズ1世を父に持ち、王政復古により復位したチャールズ2世の弟です。

イギリスの歴史においてカトリックを信仰した最後の国王であり、名誉革命により退位させられフランスに亡命します。

この記事では、ジェームズ2世のおすすめの金貨・銀貨を紹介した上で、その生い立ちと歴史を解説します。

ジェームズ2世の生い立ちと歴史

ジェームズ2世

父親 チャールズ1世
母親 ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス
配偶者 アン・ハイド
メアリー・オブ・モデナ
王朝 ステュアート朝
家名 ステュアート家
子供 メアリー2世
アン女王
ジェームズ・フランシス・エドワード
ルイーザ・マリア・テレーザ
ジェームズ・フィッツジェームズ

ジェームズ2世は、イングランド・スコットランド・アイルランドの王で、スコットランド王としてはジェームズ7世になります。

ジェームズ2世の生い立ちと歴史について解説します。

  • ジェームズ2世の誕生
  • イギリス史で最後にカトリックを信仰した国王
  • 名誉革命により亡命
  • 亡命先のフランスで死亡
  • 後世のジャコバイトの乱について

ジェームズ2世の誕生

チャールズ1世

ジェームズ2世の父チャールズ1世

ジェームズ2世は、チャールズ1世ヘンリエッタ・マリアの間に生まれました。

兄にチャールズ2世と、後のイングランド王兼オランダ総督であるウィリアム3世は甥に当たります。

議会派によってチャールズ1世が処刑される原因となったピューリタン革命が起きたのはジェームズ2世が7歳のときでした。

ジェームズ2世はセント・ジェームズ宮殿に幽閉されましたがオランダに脱出、王党派は兄チャールズ2世次期国王にしようと画策しましたが、議会派のトップである護国卿オリバー・クロムウェルが存命している間は叶うことはなく、亡命先のフランスで過ごしました。

クロムウェルが病死し、イングランドに王政復古が求められるようになると、ジェームズ2世は国王に即位するチャールズ2世と共にグレートブリテン島に再び戻ります。

このときジェームズは兄の腹心であったエドワード・ハイドの娘であるアン・ハイドと結婚します。

エドワードは後にクラレンドン伯爵となりますが、当時としては肩書のない平民であり、王位継承者に平民が嫁いだ最初の事例でした

チャールズ2世が即位しているときのジェームズ2世の公務は、軍事奴隷貿易が中心であったといわれています。

イギリス史で最後にカトリックを信仰した国王

チャールズ2世

ジェームズ2世の兄チャールズ2世

ジェームズ2世は、イングランドでは禁忌とされるカトリックを信仰していました。

王位継承権を持つ者がカトリックを信仰していること自体が問題視されていましたが、チャールズ2世とキャサリン・オブ・ブラガンザとの間に子供が生まれなかったことから、カトリックを信仰するジェームズが即位する可能性が出てきたのです。

チャールズ2世は信仰自由宣言を提唱し、カトリックを容認するように働きかけましたが、それが認められることはなく、反対にジェームズ2世を王位排除法案により即位させないようにする動きも出てきました。

チャールズ2世により王位排除法案の改正は阻止されましたが、さまざまな噂が伝播したことでイングランドの民衆による集団ヒステリーが発生します。

ジェームズ2世は兄によりスコットランドに避難させられ、パニックの収束と後に即位する際にスコットランドでの人気を確保するためにスコットランドを実質的に統治させたといわれています。

1685年、チャールズ2世はカトリックに転向していたことを最期に告白した後に崩御。

チャールズ2世に続き、イギリス史で最後にカトリックを信仰した国王ジェームズ2世が誕生します

イングランドにおけるカトリックの扱い

イングランドでカトリックを信仰することが禁忌であり、民衆が集団ヒステリーを起こすほどのパニックとなる理由は、イングランドの歴史と諸外国の王政など複合的な背景があります。
最も大きな理由としては、数多くのプロテスタントを処刑し、ブラッディ・メアリーと呼ばれたメアリー1世の圧政を国民が覚えていたからでしょう。
フランスでも、カトリックであったルイ14世が絶対王政に走ったことから、カトリックを信仰する王は圧政を敷くという認識がイングランドに伝播しても不思議ではない状況でした。
よって、カトリックを信仰する者を絶対に王にしてはならないという意識がイングランドには根強くあったのです
現在では、歴史家によってカトリックを信仰した王の評価が見直されていますが、当時において王はカトリックを信仰している事実だけで悪役として描かれるのが一般的でした。

名誉革命により亡命

ウィリアム3世 メアリー2世

ウィリアム3世と妻のメアリー2世

当時の資料では悪役として描かれることも多いジェームズ2世ですが、ジェームズ2世が即位する頃にはイングランドのパニックも収束しており、即位した当時に反対の声が溢れることはなかったといわれています。

騒ぎが収束するタイミングで即位できたこと、スコットランドで人気を集めたことも理由であるため、一時的とはいえ大きな問題が起こらなかったのは兄チャールズ2世のおかげといえるでしょう。

チャールズ2世の庶子ジェームズ・スコットが王位の正当性を主張したモンマスの反乱はありましたが、同年中に捕らえられて処刑されています。

しかし、プロテスタント派がジェームズ2世を歓迎するはずもないため、当初、表立って不満をいう勢力は存在しなくても緊張が続いていました。

ジェームズ2世は次第に親カトリック政策に舵を切るようになり、プロテスタント派の怒りを買い、優遇していたカトリックですらジェームズ2世の失脚を予感し、不安を覚えたといわれています。

当初はジェームズ2世を支持していたトーリ党ホイッグ党と手を結び、ジェームズ2世の甥であるオランダのオラニエ公であったウィリアム3世を後継者に立てます。

1688年、ウィリアム3世が軍を率いて上陸、部下が次々に裏切ったことで無血革命となり、ジェームズ2世はルイ14世を頼ってフランスに亡命しました

亡命先のフランスで死亡

サンジェルマン

現在のフランス、サンジェルマン

ジェームズ2世はルイ14世の提供したサンジェルマンの隠れ家で余生を過ごします。

カトリック教徒の多いアイルランドで再起を試みますが、1690年のボイン川の戦いに敗れたことで国王として復位することはできませんでした。

1696年にウィリアム3世の暗殺計画を企てますがこれも失敗、1701年に脳出血で死亡しました

後世のジャコバイトの乱について

カロデンの戦い

スコットランド、カロデンの戦いの石碑

ジェームズ2世は1701年に死亡しましたが、イギリスのカトリック教徒のなかにはカトリックを信仰するジェームズ2世の子孫が王位に復位するべきであると考えるジャコバイトという勢力が誕生します。

ジェームズ2世の子孫であるアン女王は、チャールズ2世の助言によりプロテスタントとして育てられましたが、ジャコバイト派が王になることを避けるために1701年に王位継承法を制定し、プロテスタントかつジェームズ1世の血族であるジョージ1世を王にしました。

しかし、英語も喋れないドイツ貴族であったジョージ1世の王位に疑問を呈しジャコバイトは、ジェームズ2世の子孫であるジェームズ老僭王をジェームズ3世として国王に立てるために、ジャコバイトの乱を起こしますが、1746年のカロデンの戦いにより鎮圧されます。

ジャコバイト派はジェームズ2世の嫡系の子孫であったヘンリー・ベネディクトの死亡までジェームズ2世の子孫の王位を主張続けることとなります

現在におけるジェームズ2世の解釈

カトリックを信仰する王は当時の資料では悪役として解釈されることも多いですが、ジェームズ2世は悪役と呼ばれるほど歴史的に問題のあった王であったかどうかは疑問が残るところです。
名誉革命において、ウィリアム3世の王位の正当性を主張するには、ウィリアム3世が正義、ジェームズ2世が悪であるという誰もが分かりやすい構図を用意する必要がありました。
カトリックを信仰しているという理由もありますが、ウィリアム3世を王にするためには必要以上に悪として描く必要もあったのです。
しかし、歴史において誰が正義で誰が悪という単純な話はなく、後世の歴史家からは名誉革命はクーデターに過ぎないと解釈する声もあれば、ジェームズ2世は時代に踊らされただけであり非があるわけではないという解釈も増えて、正統に評価されるようになってきています

ジェームズ2世のおすすめ金貨・銀貨

それでは、ジェームズ2世のおすすめ金貨・銀貨を紹介します。

  • ジェームズ2世 5ギニー金貨 1687年
  • ジェームズ2世 クラウン銀貨 1687年

ジェームズ2世 5ギニー金貨 1687年

ジェームズ2世 5ギニー金貨 1687年 ジェームズ2世 5ギニー金貨 1687年

発行国 イギリス
発行年 1687年
額面 5ギニー
グレード Genuine
直径 36mm
重量 41g
品位 .917
発行枚数 不明
状態 EF+(準未使用)

ジェームズ2世は、1685年~1688年までのわずか3年のみ即位した国王であるため、その間に作られた金貨は種類も少なく貴重です。

表面には、ジェームズ2世の第2肖像が描かれ、銘文は「IACOBVS . II . DEi . GRATIA(ジェームズ2世 神の恩恵より)」と書かれています。

裏面は4国を現すイングランド王室紋章ライオン3頭、スコットランド国章ライオン、フランス王家紋章ユリ、アイルランド王国紋章ハープが彫られた盾が描かれます。

5ギニーは、イギリスで1600年代から1700代にかけて鋳造された大型の金貨で、当時の最高額面のコインです。

状態の良いコインは少なく、数も少ないため、現在は5ギニー金貨全般が入手困難となっており、市場では非常に高値で取引されています

ジェームズ2世 クラウン銀貨 1687年

ジェームズ2世 クラウン銀貨 1687年

発行国 イギリス
発行年 1687年
額面 5シリング
グレード
直径 39mm
重量 30g
品位 .925
発行枚数 不明
状態

こちらもジェームズ2世の第二肖像と、4つの国章の盾が描かれたクラウン銀貨です。

ジェームズ2世の第一肖像は非常に珍しく、市場に出回るコインは基本的に第二肖像が描かれています。

在位期間が3年ということもあり、コインの種類はけっして多くありません。

ジェームズ2世のアンティークコインに関するよくある質問

それでは、ジェームズ2世のアンティークコインに関するよくある質問をまとめました。

  • 希少性の高いジェームズ2世の金貨・銀貨を買う方法はありますか?
  • ジェームズ2世の金貨・銀貨を高く売るには?

希少性の高いジェームズ2世の金貨・銀貨を買う方法はありますか?

コインライブラリー・プリンシパル

ジェームズ2世のコインは、権威のあるアンティークコインのオークションや、コイン業者の間でも稀に取り扱われることもあります。

希少性が高く、アメリカのヘリテージ・オークションズでも年々落札価格が上昇しているようですが、個人が身分を明かさず簡単に出品できるようなオークションサイトで購入するとトラブルの温床になりやすいです。

個人が気軽に購入可能で、安全性を両立したアンティークコインの購入方法は、コイン業者を利用することになります。

当サイト「コインライブラリー・プリンシパル」は、コインの真贋を買戻しによって保証する制度や、オークションログを参照した相場に沿った価格でコインを提供しているのが特徴です。

ジェームズ2世のコインの取扱経験もあり、今後新たに入荷する可能性もあるので、定期的にチェックすることをおすすめします

ジェームズ2世の金貨・銀貨を高く売るには?

ジェームズ2世の金貨・銀貨をお持ちの方は、当サイトに鑑定から買取まで依頼できます。

コインの状態、鑑定済みに関わらずお持ちいただければ、鑑定から査定まで丁寧にサポートいたしますので、価値の高いコインがあれば高額買取が期待できるかもしれません。

また、当サイトにはジェームズ2世を含めたイギリスのコインを含めた世界中のアンティークコインを出品できるので、詳しくはこちらのページからお問い合わせください。

まとめ

ジェームズ2世は悪者という偏見はなくなってきていますが、イギリス国内で特別人気が高い国王というわけではありません。

しかし、アンティークコインの世界においては、肖像の美麗さ、在位期間が3年しかなくコインが希少であることから高い価値を持つことから注目されています。

イギリスのコインのなかでも購入できる機会があれば手に入れたいコインの1つとなっているので、入荷情報を欠かさずチェックしましょう。

画像引用

https://www.royal.uk/james-ii
https://www.royal.uk/charles-i
https://www.royal.uk/charles-ii
https://stock.adobe.com/jp/
ジェームス2世のコインを購入・売却する

この記事の著者

アンティークコイン ジャーナル編集部

英国王室シリーズから古代コインまで、幅広い年代のコインの紹介だけではなく、試鋳貨、造幣局による違い、彫刻家、リストライク、などアンティークコインの魅力や楽しめる知識をフラットに情報提供している。編集長は、英国王室コインと、動物コインシリーズが好き。

アンティークコイン ジャーナル編集部

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