ナポレオン一族の金貨・銀貨・銅貨・記念メダルなどのアンティークコインは、コイン収集家の間でも人気が高く、知名度が高いことからも初心者にもおすすめのテーマとなっています。
ナポレオン一族による帝政の歴史は第一帝政と第二帝政の2つに分けられ、それぞれナポレオン1世とナポレオン3世が治めました。
この記事ではナポレオン一族の歴史について解説した上で、ナポレオン一族の金貨をはじめとするおすすめのアンティークコインを紹介します。
ナポレオン一族の歴史について
役職 | 人物名 |
ナポレオン一族の父 | シャルル・マリ・ボナパルト |
ナポレオン一族の母 | マリア・レティツィア・ラモリノ |
ナポリ王(ジュゼッペ1世)スペイン王(ホセ1世) | ジョセフ・ボナパルト |
ナポリ王妃・スペイン王妃 | ジュリー・クラリー |
フランス皇帝(ナポレオン1世) | ナポレオン・ボナパルト |
フランス皇后 | ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ |
カニノ公 | リュシアン・ボナパルト |
トスカーナ大公 | エリザ・ボナパルト |
ルッカ・ピオンビーノ公 | フェリーチェ・バチョッキ |
ホラント王(ローデウェイク1世) | ルイ・ボナパルト |
ホラント王妃 | オルタンス・ド・ボアルネ |
ルクレーヌ伯爵夫人 | ポーリーヌ・ボナパルト |
ナポリ王妃 | カロリーヌ・ボナパルト |
ナポリ王 | ヨアヒム・ミュラ |
ヴェストファーレン王 | ジェローム・ボナパルト |
ヴェストファーレン王妃 | カタリーナ・フォン・ヴュルテンベルク |
イタリア副王 | ウジェーヌ・ド・ボアルネ |
ナポレオン一族とは、シャルル・ボナパルトとマリア・レティツィアの間に生まれた子供と配偶者などの関係者、およびその子孫たちのことを指します。
2人の間には8人の子供が成長しましたが、4人の子供は生まれてすぐに亡くなっています。
コルシカ島に住んでいた小さな貴族でしかない一族がフランスに移住し、一族の一人であるナポレオン1世が戦争によって武勲を上げたことで、最終的にフランス皇帝に即位することとなりました。
また、皇帝になったのはナポレオンだけでなく、その兄弟たちも征服した周辺諸国の王となっています。
ナポレオンとその家族のアンティークコインについて個別具体的に知りたい方は上記の表のリンク先を参考にしてください。
それでは、ナポレオン一族の歴史を見ていきましょう。
- ナポレオンの誕生とコルシカ島からの追放
- フランスの英雄から皇帝に
- 第一帝政とナポレオン一族の繁栄
- ナポレオン1世による第一帝政の没落
- ナポレオン3世と第二帝政
- ナポレオン一族による帝政の終わり
ナポレオンの誕生とコルシカ島からの追放
現代のコルシカ島の風景
ナポレオン・ボナパルトは、1769年に当時はフランス領であったコルシカ島に生まれます。
父親はコルシカの島の判事であり、副官でしたがフランス軍に寝返り、フランスで貴族としての地位を受けていました。
この影響でナポレオンと兄のジョゼフは、フランスへ留学しブリエンヌ陸軍幼年学校で軍事を学んだのです。
ナポレオンは砲兵科で学び、わずか11ヶ月でブリエンヌ陸軍幼年学校を卒業します。
1785年に、学校を卒業したナポレオンはフランス軍人となります。
しかし、父親がフランスと親交を持ち、ナポレオンが軍人になったことは本人だけにとどまらず一族そのものに影響を及ぼすことになりました。
コルシカ軍からすれば父シャルルは裏切り者であり、息子のナポレオンがフランス軍人になったことでナポレオン一族はコルシカ島に住み続けることができない状態になっていたのです。
フランス革命の余波もあり、島を追放されたナポレオン一族はフランスのマルセイユに移住しました。
フランスの英雄から皇帝に
コルシカ島に住む貴族でしかなかったナポレオン一族が大きく出世したのは、ナポレオンの圧倒的な武勲による昇進でした。
ナポレオンはトゥーロンの戦いで作戦を提案し、暴動を起こしていた王党派を鎮圧したことをきっかけにフランス軍で出世し頭角を現していきます。
一度はロベス・ピエールの親族と親しかったことを理由に投獄されますが、ポール・バラスはイタリアとの戦争の司令官にナポレオンを抜擢しました。
イタリア軍に順調に勝利を重ねて、多くの領土を得ながら、1797年にオーストリアとカンポ・フォルミオ条約を結びます。
フランスを敵視して作られた第一次対仏大同盟はこの条約により崩壊し、ナポレオンはフランス国民から大きな支持を得て、英雄と呼ばれる存在になります。
エジプト遠征でも快進撃を続けるナポレオン1世は、総裁政府には無断で帰国し、弟リュシアンと共にブリュメール18日のクーデターを成功させ統領政府を樹立。
1804年に議会と国民による投票でナポレオン1世が誕生します。
第一帝政とナポレオン一族の繁栄
画像引用:https://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=1124
ナポレオン1世が王位に付いたことで、ナポレオンの家族も王族の一員となります。
父シャルルはナポレオンが皇帝になったときにはすでに死亡していますが、母レティツィアはナポレオンが皇帝になっても変わず、間違ったことをしたときは厳しく接したといわれています。
ナポレオン1世による第一帝政は自身がフランス皇帝になることにとどまらず、兄弟を周辺諸国の王にしています。
現在のスペイン、イタリア、オランダ、ドイツの一部の地域である国を支配し、兄弟と養子のウジェーヌ・ド・ボアルネにそれぞれの国の王を任せました。
ナポレオンは離婚歴のあるジョゼフィーヌと結婚しており、ナポレオンとの子供はいませんでしたが、連れ子が複数います。
しかし、ナポレオン1世は時が経つにつれて、養子ではなく嫡子となる後継者と王権を固めるための由緒正しき血筋を欲します。
1810年に王妃ジョゼフィーヌと離婚し、ローマ皇帝とオーストリア皇帝であるフランツ2世の娘という血筋を持つマリー・ルイーズと結婚し、嫡子であるナポレオン・フランソワ・シャルル・ジョゼフ(ナポレオン2世)が生まれました。
ナポレオン1世による第一帝政の没落
ナポレオン一族による第一帝政が没落した理由は、武勲で即位した皇帝が血筋にすがったことや、ジョゼフィーヌ皇后との離婚だといわれることもありますが、決定的になったのはロシア遠征です。
ナポレオンはヨーロッパを支配するためにイギリスを孤立させようとしたところ、ロシアが協力しないことを理由に侵攻しますが、アウェーな環境での戦いに苦戦し、多くのフランス兵士が命を落とす結果となりました。
この大敗により、各国でクーデターが発生し、ライプツィヒの戦いで連合軍に破れ、1814年に第一帝政の幕が一度閉じます。
1815年に再び幕があけ、エルバ島に島流しにされたナポレオン1世がフランスに戻りますが、100日と経たずにワーテルローの戦いに敗北して再び島流しにされたため、この出来事は百日天下と呼ばれています。
ナポレオンの失脚と共に、ナポレオンの兄妹たちも例外なく王位の座を失い、周辺諸国に亡命しています。
ナポレオンの金貨と農夫
ナポレオン1世とアンティークコインにまつわるエピソードについて紹介します。
『セント=ヘレナ覚書』は、セントヘレナ島に島流しにされたナポレオンの様子について日誌形式で記録された書物であり、こちらの本によるとナポレオンは自らの肖像画描かれた20フラン金貨を非常に気に入っていたようです。
島へ向かう前に20フラン金貨をイギリス兵士に配ろうとして、イギリス将校に止められたといわれています。
セントヘレナ島では、畑で農夫から鋤を奪い、一筋の長い真っすぐの畝を作り、1枚の金貨を農夫に渡したというエピソードが記されています。
ナポレオン3世と第二帝政
画像引用:https://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=3549
ここまでナポレオン一族の歴史における主役であったナポレオン1世は、1821年にセントヘレナ島で幽閉されたまま死亡します。
ここからのナポレオン一族の歴史を語るには新たな主役であるナポレオン3世について紹介する必要があります。
第二帝政におけるナポレオン一族(ナポレオン3世) | |
父親 | ルイ・ボナパルト |
母親 | オルタンス・ド・ボアルネ |
兄 | シャルル・ナポレオン |
兄 | ナポレオン・ルイ |
本人(ナポレオン3世) | シャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルト |
配偶者 | ウジェニー・ド・モンティジョ |
子供 | ナポレオン・ウジェーヌ |
シャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン3世)は、ナポレオンの兄妹ルイ・ボナパルトとジョゼフィーヌの連れ子であるオルタンスの間に生まれた三男で、誕生時には王位継承権第4位でした。
長男のシャルル・ナポレオンは5歳のときに死亡し、次男のナポレオン・ルイもカルボナリでの革命活動中に病死したため、ルイの息子では唯一生き残った一族がナポレオン3世になります。
当初から夫婦仲が悪かったルイとオルタンスが別れて、オルタンスが引き取ったのがナポレオン3世であり、ナポレオンの失脚によりスイスやドイツに亡命しました。
亡命してからもナポレオン3世は、フランスに帰還しナポレオン一族を再興させることを諦めていませんでした。
1840年に帰還したときは投獄されましたが、1846年に脱獄し、再びチャンスが訪れます。
それが、二月革命によるルイ・フィリップの七月王政の打倒に便乗することでした。
フランスがナポレオンを求めていたこともあり、大統領選挙では圧倒的な得票数で当選し、国民投票でナポレオン一族は皇帝に返り咲きました。
すでにナポレオン1世の嫡子に加えてナポレオンの兄妹や、一族の子供がほとんどが亡くなっていたため、ナポレオン3世以外に適任となる後継者がいなかったことも大きいでしょう。
これが、1852年のナポレオン3世による第二帝政の始まりです。
ナポレオン一族による帝政の終わり
新たな皇帝であるナポレオン3世は、貿易の自由化と金融やインフラの整備によりフランスの近代化に大きく貢献した皇帝です。
しかし、ナポレオン1世と比較すると軍略は優れておらず、対外戦争においては失策続きでした。
ナポレオン3世によるメキシコ出兵でメキシコ皇帝として送ったマクシミリアンは処刑されています。
そして、1870年の普仏戦争におけるスダンの戦いでは、ナポレオン3世自身が捕虜となる大失態が発生します。
ナポレオンの第二帝政はフランスの民衆による反乱で幕を閉じました。
ナポレオン3世はイギリスに渡り、帝政を復活させようと画策しますが1873年に死亡。
ボナパリストからはナポレオン4世と呼ばれる息子ナポレオン・ウジェーヌも戦死したことで、後継者がいなくなりナポレオン一族による第二帝政が終了しました。
それでは、ナポレオン一族の血筋は完全に途絶えてしまったのでしょうか?
ナポレオンの兄妹でも末っ子にあたるジェロームの家系は、第二帝政の時代では政治家になっています。
現代ではナポレオン7世の座をジェロームの子孫であるシャルル・ナポレオン・ボナパルトとその息子ジャン・クリストフ・ナポレオン・ボナパルトの2人が争っているのが現状です。
ナポレオン一族のおすすめ金貨5選
それでは、ナポレオン一族のおすすめ金貨を紹介します。
- ナポレオン1世 20フラン金貨 1811年
- ナポレオン3世 100フラン金貨 1859年
- ジョセフ・ナポレオン 320レアル金貨 1810年
- マリー・ルイーズ 40リレ金貨 1815年
- ヨアヒム・ミュラ 40リレ金貨 1813年
ナポレオン1世 20フラン金貨 1811年
発行国 | フランス |
発行年 | 1811年 |
額面 | 20フラン |
グレード | MS63 |
直径 | 21mm |
重量 | 不明 |
品位 | 不明 |
発行枚数 | 3,705,489枚 |
状態 | 未使用 |
誰もが知るフランスの英雄、ナポレオン1世のアンティークコインの中でも最もメジャーなのが20フラン金貨になります。
ナポレオンの金貨と農夫の話に出てきた金貨がこちらのアンティークコインです。
表面には月桂冠を身につけたナポレオン1世の右向き肖像が彫られています。
こちらの20フラン金貨は発行年によって月桂冠のあるタイプとないタイプがあり、月桂冠のあるものが後期に発行されたものです。
希少価値が非常に高いコインではありませんが、知名度の高さから高い人気を誇ります。
ナポレオン3世 100フラン金貨 1859年
発行国 | フランス |
発行年 | 1859年 |
額面 | 100フラン |
グレード | EF |
直径 | 35mm |
重量 | - |
品位 | - |
発行枚数 | 14,710枚 |
状態 | 美品 |
こちらはナポレオン3世の100フラン金貨で、デザインはパリ造幣局長のアルバート・バレーが手掛けたものです。
表面にナポレオン3世の肖像、裏面はボナパルト家の紋章が描かれています。
美品ではありますが、未使用の通貨ではなく流通の痕跡があるものの、摩耗が少ないことから希少価値が高いため資産防衛にも適しています。
ジョセフ・ナポレオン 320レアル金貨 1810年
発行国 | スペイン |
発行年 | 1810年 |
額面 | 320レアル |
グレード | AU53 |
直径 | 36mm |
重量 | - |
品位 | - |
発行枚数 | 64,000枚 |
状態 | 準未使用品 |
ナポレオンの兄、ジョゼフ・ナポレオン(ジョゼフ・ボナパルト)のホラント王時代に作られた大型金貨です。
ジョゼフの左向き肖像が描かれたこちらのコインは、2年の間しか発行されなかった希少な金貨です
状態もよいことから高い希少価値と資産性を持つおすすめの金貨になります。
マリー・ルイーズ 40リレ金貨 1815年
発行国 | イタリア |
発行年 | 1815年 |
額面 | 40リレ |
グレード | - |
直径 | 26.21mm |
重量 | 12.9g |
品位 | 0.900 |
発行枚数 | 220,000枚 |
状態 | - |
ナポレオン1世の2人目の妻であり、フランツ2世の娘であるマリー・ルイーズが描かれた40リレ金貨です。
彼女の右向き肖像をキレイな形で鑑賞できるコインはほとんど現存しておらず、グレードが高いほど資産価値が高くなります。
マリー・ルイーズについて詳しく知りたい方はこちらの記事をチェックしてください。
マリー・ルイーズのおすすめ金貨2選! 幼少から第一帝政の没落まで
ヨアヒム・ミュラ 40リレ金貨 1813年
発行国 | イタリア |
発行年 | 1813年 |
額面 | 40リレ |
グレード | - |
直径 | 27mm |
重量 | 12.81g |
品位 | 900% |
発行枚数 | 不明 |
状態 | - |
ナポリ王、ヨアヒム・ミュラ(ジョアシャン・ミュラ)は、ナポレオンの妹カロリーヌ・ボナパルトの夫であるため、コインの収集においてもナポレオン一族のコインとして扱われます。
右向き肖像が特徴的な頭髪と共に描かれており、ミュラは色男として知られる容姿端麗であったことから人気かつレアな一枚です。
また、同時期に20リレ金貨も発行されており、40リレ金貨とデザインにわずかな差異があります。
ナポレオン一族のおすすめ銀貨3選
ナポレオン一族のアンティークコインは資産価値が高い金貨以外にも、銀貨・銅貨・記念メダルなどさまざまな種類があります。
その中から厳選した銀貨を3つ紹介します。
- ナポレオン1世 5リラ銀貨 1812年
- ジョセフ・ナポレオン 20レアル銀貨 1810年
- ナポレオン2世 5フラン試作銀貨 1816年
ナポレオン1世 5リラ銀貨 1812年
発行国 | イタリア |
発行年 | 1812年 |
額面 | 5リラ |
グレード | MS65 |
直径 | 37mm |
重量 | 25.0g |
品位 | 900Silver |
発行枚数 | 不明 |
状態 | 未使用 |
イタリアはかつてナポレオン王国とも呼ばれ、ナポレオン1世が国王、副王は養子のウジェーヌが務めていました。
イタリアの首都ミラノで鋳造された銀貨であり、ナポレオン1世の右向き肖像と王国の王賞が描かれているのが特徴です。
ジョセフ・ナポレオン 20レアル銀貨 1810年
発行国 | スペイン |
発行年 | 1810年 |
額面 | 20レアル |
グレード | AU58 |
直径 | 39mm |
重量 | - |
品位 | - |
発行枚数 | 993,000枚 |
状態 | 準未使用品 |
スペイン王ジョゼフの左向き肖像が描かれており、先ほど紹介した320レアル金貨と共に発行された銀貨です。
こちらのコインは金貨と同様に希少性が高まっており、銀貨であるため金貨よりも低価格で購入できるのが特徴です。
ナポレオン2世 5フラン試作銀貨 1816年
発行国 | フランス |
発行年 | 1816年 |
額面 | 5フラン |
グレード | 不明 |
直径 | 38mm |
重量 | 47.83g |
品位 | 25g |
発行枚数 | 不明 |
状態 | 不明 |
ナポレオン2世は、ナポレオン1世とマリー・ルイーズの間に生まれた皇帝ナポレオンの後継者でしたが、若くして病気で亡くなりました。
試鋳貨幣は新しく貨幣を発行する際にに試験的に作られる貨幣のことを指します。
広く知れ渡るナポレオン2世の肖像と顔が異なるのは、5歳の時の肖像をモデルにしているからです。
ナポレオン2世について詳しく知りたい方はこちらの記事をチェックしてください。
ナポレオン一族のアンティークコインでよくある質問
ナポレオン一族のアンティークコインでよくある質問をまとめました。
- 希少性が高いナポレオン一族の金貨を販売している場所はどこ?
- ナポレオン一族のアンティークコインの買取を依頼するおすすめの方法は?
それぞれ詳しく見ていきましょう。
希少性が高いナポレオン一族の金貨を販売している場所はどこ?
ナポレオン一族の金貨は希少性が高く、なによりフランスの英雄として知名度が高いことから人気のある商品です。
アンティークコイン初心者からも人気の高いテーマであるため、個人が簡単に出品できるようなオークションサイトでは相場とかけ離れた価格での出品や、贋作の販売が予想されます。
コイン初心者の方でも安心して利用できるナポレオン一族の金貨を販売している場所は、当サイトの「コインライブラリー・プリンシパル」があります。
当サイトでは、カタログやオークションログ、外国貨幣評価書を基にした適切な価格設定と、コインが贋作であった場合に買戻しを約束する永久真贋保証により、初心者も安心してコインを購入することが可能です。
ナポレオン一族のアンティークコインの買取を依頼するおすすめの方法は?
ナポレオン一族のコインをお持ちの方も当サイトでの買取を依頼することをおすすめします。
当サイトはコインの購入だけでなく、鑑定から現金化までの買取に対応しています。
また、当サイトにコインを出品することもできるので、こちらのページを参考に買取・出品をご検討ください。
まとめ
ナポレオン一族の歴史と代表的なアンティークコインを紹介しました。
今回紹介したナポレオン一族のコインは人気が高く、すぐに売り切れてしまうことも多いので、入手したいコインが見つかったのならできる限り早く購入することをおすすめします。
アンティークコインの代表的な収集テーマであるナポレオン一族のコインについて知識を深め、充実したコレクションや、資産防衛に役立ててください。